Vol.206: エネルギー安保という新しい言葉——再エネが「コスト」から「盾」になる

今週は「エネルギー安全保障」という言葉が、気候変動対策とは別の文脈で急速に浮上した一週間でした。ホルムズ封鎖を受け、欧州の住宅用太陽光需要が急回復し、韓国では政策が一気に加速しています(詳細は【6】The Guardianの韓国での取り組みについての記事をぜひ)。
市川裕康 2026.04.25
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⭐📰 今週のニュース・トピックス】 *先週号を見逃した方はこちらからどうぞ

  • ⚠ ホルムズ海峡封鎖50日——世界のエネルギー市場は崩壊の瀬戸際に [The Economist]

  • ☀ 再生可能エネルギーに追い風——イラン戦争がエネルギー安保の観点から再エネの優位性を加速 [The Economist]

  • ⚡ 欧州委員会、化石燃料依存からの脱却加速へ——「AccelerateEU」緊急行動計画を発表 [European Commission]

  • 🌍 脱炭素レースの現在地——「Speed & Scale」計画が5年ぶりに全面改訂 [Heatmap News]

  • ⚡ イラン戦争が欧州の住宅用太陽光需要を急回復——エネルギー安全保障への危機意識が購買を加速 [Reuters]

  • 🇰🇷 韓国、イラン危機を再エネ転換の契機に——「太陽光収益村」2500村構想と系統制約の壁 [The Guardian]

  • 🇺🇳 トルコ開催のCOP31、クリーンエネルギー転換を主軸に——イラン危機が脱化石燃料の必要性を後押し [Bloomberg Green]

  • 🏙 SFクライマテックウィーク2026:データセンター電力需要が気候テック投資の新たな震源地に [Heatmap News]

  • 🚗 北京モーターショー2026:中国自動車メーカー、EV・知能運転・超急速充電で世界標準を塗り替える [AP]

  • 🌿 コロンビア・サンタマルタ首脳会議:約50カ国が結集し、化石燃料依存からの脱却を議論 [AP]

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イラン戦争開始から50日で世界は湾岸原油5億5,000万バレルを失い、毎月LNG700万トン相当の供給が消失しています。開戦前に大量輸送中だった在庫が底をつき、今後の緩衝材は残っていません。アジアの原油在庫は4月だけで6,700万バレル減少する見通しです。アジアの精製能力は日量300万バレル超削減されており、7月には同1,000万バレルに達する可能性があります。欧州は消費者向け補助金で需要を維持していますが、精製マージンはすでに赤字圏に入っており、早晩減産を余儀なくされます。封鎖が続けば、2020年のコロナ禍に匹敵するGDP3%超の下落リスクがあるとThe Economistは警告しています。

💡インサイト ▶ アジア精製能力の大幅削減と欧州の需要補助金継続という構造が同時進行しており、ジェット燃料・軽油・ナフサの国際スポット価格は当面高止まりが避けられません。ナフサを原料とする石化・プラスチック業界はすでに一部生産停止に追い込まれており、日本のサプライチェーン全体でのコスト転嫁・原料調達戦略の再設計が急務となっています。

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IEAとEmberの最新報告書が、再生可能エネルギーの歴史的転換点を示しています。2025年、新規再エネ発電量が世界の電力需要増を初めて上回り、再エネの発電シェア(34%)が石炭(33%)を初めて超えました。太陽光の均等化発電原価は2010年比で約90%低下し、蓄電池込みでもインドの石炭発電を下回ります。イラン戦争によるホルムズ海峡封鎖は化石燃料依存リスクを再び露わにし、エネルギー安全保障の観点から再エネへの注目をさらに高めています。2022年のロシアのウクライナ侵攻後、ドイツは過去の再エネ投資によりガス輸入コスト約250億ユーロを節約したとされます。

💡インサイト ▶ 「2025年に太陽光単独の発電量増加が、湾岸諸国が2025年に輸出したLNG全量の発電量を上回った」という数字は、再エネをエネルギー安保の代替手段として定量的に示す強力な論拠です。LNG調達リスクを抱えるアジア各国の政策立案者・エネルギー企業にとって、調達戦略の再評価を迫るデータといえます。 ▶ 均等化発電原価(LCOE)が蓄電池込みでも石炭を下回る水準に達したことで、「再エネは補助金があって初めて成立する」という従来の投資前提は崩れています。日本の製造業・エネルギー企業が再エネ調達・投資判断を下す際、コスト試算の基準値を抜本的に見直す必要があります。

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欧州委員会は、中東情勢の悪化に伴うエネルギー価格高騰を受け、化石燃料依存からの脱却を加速する包括的行動計画「AccelerateEU」を発表しました。中東紛争激化以降、EUは追加エネルギーゼロのまま輸入コストが240億ユーロ増加しており、エネルギー安全保障の脆弱性が改めて露呈しています。計画では、脆弱世帯への緊急支援や国家補助の一時的枠組み拡充などの短期措置に加え、今夏に「電化行動計画」を策定し、産業・輸送・建築セクターの電化を加速します。***2030年までの年間必要投資額は6,600億ユーロ(約112兆円)***と試算されており、民間資金動員に向けたサミットの開催も予定されています。

💡インサイト ▶ 「AccelerateEU」は補助金・規制緩和の一時措置にとどまらず、産業・輸送・建築セクターの電化を法制度ごと再設計する構造改革であり、欧州に製品・設備を供給する日本の製造業・素材メーカーなどに影響も。 ▶ 年間6,600億ユーロという投資規模は、公的資金だけでは到底賄えず、民間資本の動員が前提。

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クライメートテック投資家のジョン・ドーアが、2021年に発表した脱炭素行動計画「Speed & Scale」を5年ぶりに全面改訂しました。最大の変更点は排出量データの刷新で、国連推計の59ギガトンに対し、衛星・AIを活用したClimate TRACEの計測では年間74ギガトンと約25%高い数値が示されました(メタン漏洩が従来過小評価されていたことが判明)。1.5℃目標の達成は困難と判断される一方、2℃以内は依然として実現可能としています。EVの普及やソーラー・風力の拡大など6項目は「達成軌道」にある一方、メタン漏洩・建物の冷暖房・製鉄などの7項目は「コードレッド」と分類されています。

💡インサイト ▶ 排出量データの「74ギガトン」への上方修正は、各企業のサプライチェーン排出量(Scope 3)算定の前提を見直す契機に。 ▶ 「コードレッド」7項目(製鉄・建物・メタン等)は、日本の大手製造業・素材メーカーが直面する削減困難(Hard-to-abate)領域と重複。

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イラン戦争勃発後、欧州の住宅用屋根置き太陽光システムの需要が急増しています。ドイツのSolarhandel24は3月の売上高が前年比3倍超の約7,000万ユーロに達し、Enpalも受注が前年比30%増となりました。電気料金の高騰を受け、太陽光パネル・蓄電池・EV充電器を組み合わせた「フルシステム」への需要が特に旺盛です。蓄電関連の需要増は40〜50%に上るとの報告もあります。業界関係者の多くは今回の急増を一時的な需要増ではなく構造的な変化の加速と捉えており、2022年のエネルギー危機と並ぶ転換点との見方が広がっています。

💡インサイト ▶ 欧州の住宅用太陽光需要急増は「補助金終了後の低迷」から「エネルギー安保意識主導の自律的需要」への転換(政策支援に依存しない再エネ普及モデル)が成立し始めています。 ▶ 新規設置の約90%に中国製パネルが使われている一方、中国メーカー自身が「過剰生産能力は解消されない」と認めており、欧州市場での需要急増は価格下落圧力の緩和にとどまる見通し。

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韓国のイ・ジェミョン大統領は、イラン危機で露わになったエネルギー脆弱性(一次エネルギーの90%超を輸入)を契機に、再エネ転換を加速させています。補正予算で再エネ向け支援を過去最高の1.1兆ウォン(約1,079億円)に増額し、太陽光収益を地域福祉に充てる「太陽光収益村」を2030年までに2,500村に拡大する方針です。一方、国営電力会社Kepcoによる電力価格の人為的抑制や中国製パネルへの依存、送電網の容量不足が構造的障壁として残ります。再エネ拡大予算の約10倍にあたる5兆ウォン(約5,371億円)が化石燃料価格抑制策に同時投入されており、政策の矛盾も指摘されています。

💡インサイト ▶ 韓国のKepcoによる電力価格抑制・再エネ投資阻害の構造は、電力システム改革が再エネ普及の前提条件であることを示す典型例(日本でも同様の市場設計上の課題)。 ▶ 太陽光パネルの大部分を中国製に依存しながら、国内調達要件や輸入品のカーボンフットプリント認証導入で対応しようとする韓国の動きはEUのCBAM(炭素国境調整メカニズム)と同方向の潮流。

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トルコのクルム環境相は、11月にアンタルヤで開催されるCOP31において、クリーンエネルギーへの転換推進を最優先課題とする方針を示しました。イラン戦争によるエネルギー危機を踏まえ、化石燃料依存からの脱却とエネルギー多様化の重要性を強調しています。トルコはCOP31で「アクション・アジェンダ」を提示し、1.5度目標達成に向けた進捗監視メカニズムの導入を主要柱とする計画です。米国は2年連続で不参加となる見通しですが、クルム環境相は「排出削減に取り組まない産業は市場シェアを失う」と述べ、EUが導入した炭素国境課税(CBAM)の考え方にも支持を表明しました。

💡インサイト ▶ トルコが「ゼロエミッション達成を条件に化石燃料の継続使用を容認する」立場を鮮明にしたことで、CCS(炭素回収・貯留)技術の国際的な位置付けが交渉の焦点となる見通し。 ▶ EU・CBAMへのトルコの理解表明は、気候交渉の場でも炭素国境措置が既成事実化しつつあることを示します。

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今年のSFクライマテックウィークは約6万人が参加し、データセンターの電力需要対応が最大のテーマとなりました。注目の発表は三件です。AIを活用した重要鉱物探査スタートアップ・Atana Elementsが2,750万ドルの資金調達を完了。EmeraldAIはシリコンバレー電力公社と提携し、柔軟な負荷管理と引き換えに系統連系を優先的に認める実証を開始しました。さらにMetaは、CO₂を媒体とする超長時間蓄電スタートアップ・Noon Energyと100GWh規模の予約契約を締結しています。

💡インサイト ▶ Emerald AIと電力公社の「柔軟負荷⇔系統連系優先」交換モデルは、需要側が系統制約の解消コストを負担する新しい市場設計の先例。 ▶ MetaによるNoon Energyへの100GWh予約は、実証段階の技術に対して超大手が「アンカー買い手(市場需要を単独で支える最大の調達者)」として機能した事例。

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北京モーターショーで中国自動車メーカーが最新技術を競い合っています。BYDは9分でほぼ満充電できる新世代「ブレード」電池を披露し、CATLは約6分半で10%から98%まで充電できる「神行」電池の新版を発表しました。XPengやファーウェイとの合弁企業も高度な自動運転システムを搭載した新型SUVを展示しています。中国の国内乗用車販売は前年比23%減となった一方、輸出は63%増の約200万台に急拡大し、2026年の輸出台数はさらに14%増の見通しです。中国勢は現地生産拠点をハンガリーやトルコにも拡大し、2030年には海外生産台数が現在の約3倍に達するとの予測も出ています。

💡インサイト ▶ BYDの9分充電電池とCATLの6.5分充電システムは、「充電時間」という消費者の最大の懸念を実質的に解消する水準に達しており、ガソリン車との代替性が技術面で確立されつつあります。 ▶ 中国自動車メーカーのハンガリー・トルコへの生産拠点移転は、関税回避と現地調達要件への対応を同時に狙った動きであり、欧州市場での競争環境を根本から変えます。

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コロンビアとオランダの共催で、約50カ国の政府代表が4月24〜29日にコロンビアのサンタマルタに集まり、化石燃料からの脱却加速を議論しています。国連気候交渉の枠外で「脱化石燃料」を正面から議論する場を設けることが狙いで、法的拘束力のある合意は目指さず、志を同じくする国々の連携構築が主目的です。イラン戦争によるエネルギー市場の混乱を背景に、開催国コロンビアは「危機こそ脱炭素を急ぐ契機」と位置付けています。一方、米国とサウジアラビアは不参加で、エネルギー安全保障と気候行動の間の緊張が改めて浮き彫りになっています。

💡インサイト ▶ 本会議は法的拘束力を持たないものの、「COP外での脱化石燃料連合」という新たな外交枠組みが形成されつつあることを示しています。COP31(トルコ・アンタルヤ)に向けた交渉の前哨戦として、ここで形成された連合と提言がCOP本交渉の議題設定に影響を与える可能性があります。 ▶ 途上国の財政制約が脱炭素移行の最大の現実的障壁として議論の中心に据えられており、グローバル金融システム改革(債務再編・移行ファイナンス)の必要性が強調されています。

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【イベント情報】

  • 👋 来週はSusHi Tech Tokyo 2026(4/27〜29)に参加予定です——サステナビリティとイノベーションが交差するアジア屈指のイベントです。参加される方がいれば、ぜひコーヒーでも。お気軽にご連絡ください!☕

  • 5月27日(水)CIC Tokyo 環境エネルギーイノベーション(E&E)コミュニティ / 企業と社会フォーラム(JFBS)共催イベントのご案内 [ https://eande-jfbs.peatix.com/]

  • 来る5月27日(水)18:00より、CIC Tokyo(虎ノ門ヒルズビジネスタワー15階)にて開催される「企業と社会フォーラム(JFBS)5月研究会 / E&Eコミュニティ Green Tech Exchange」に登壇します。当日の対談セッション(18:55〜19:25)では、Climate Curationの4年間の活動を振り返りながら、海外で進む気候テック・ネットゼロ・脱炭素を巡るナラティブが日本とどう異なるか、いま注目しているトピックや情報源についてもお話しする予定です。AIガバナンスとESGの研究者、グリーン人材の専門家も登壇するパネルディスカッションも予定されており、研究者・企業・スタートアップ・投資家など幅広い方を対象とした無料イベントです(オンライン参加も可)。ご都合のよい方はぜひご参加ください。

  • 詳細・申込はこちら → https://eande-jfbs.peatix.com/

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